日露SAKURAプロジェクト 本文へジャンプ
シベリアに桜咲くとき イメージ

2011 夏、ロシア国立ミヌシンスクドラマ劇場が初来日!

ピープルシアターとの日露コラボレーション公演『シベリアに桜咲くとき』 日本公演ツアー いよいよ実現!


日本公演に向けて

戯曲「シベリアに桜咲くとき」は、過酷なシベリア抑留生活を描いた歴史劇というより、ロシア人の目から見た日本人のシベリア抑留生活劇であり、そこで日本人とロシア人がどのように心を通い合わせるかを綴る人間ドラマです。

 戯曲に登場する日本人抑留者は、毎日、シベリア・バム鉄道敷設のためバラス運びや伐採など過酷な仕事に明け暮れました。辛い強制労働、極寒、餓え・・・ あまりにも厳しい生活のもとで、栄養失調や病気で多くの方がやむなく亡くなりましたが、無事に帰国された方もいます。

この状況を演劇で再現することは至難かもしれません。それは現地で体験した方々だけが知っている事実であり、また収容地区80余の各収容所によりそれぞれ事情が違うからです。

現実は遥かに過酷で悲惨な状況であったと思います。しかし、ロシア人の深い思いやりや親切に触れたひとがいることも事実ですし、二十歳前後で抑留された日本人青年がロシア人女性と恋に落ち、現地に踏み留まり、子孫を残していることも、僅かな事例ながら、真実です。

イルクーツク在住の劇作家(ブリャート人)ネリ・マトハーノワさんは子どもの頃、町で働く日本人抑留者を見て育ちました。その記憶をモチーフとして様々な記録文書を調べているうちに、山下静夫画文集『シベリアの物語』(日露対訳)に出会い、加藤九祚氏の『シベリア記』などをも参考にして戯曲「シベリアに桜咲くとき」を1996年に執筆しました。

作者の産み出した登場人物はそれぞれの人生を必死に生き抜いていきます。画家になる夢を持ち続けるヤマモト、抑留の身を恥じるエイキチ、学生時代に演劇部で「牡丹灯籠」を共演した恋人のミチコを絶えず思い出すナカモト、自らと仲間を慰めようとする医師見習いのタツモロ、冗談をいって仲間を励まし、自分は誰よりも長生きすると言いながら、木の下敷きになりかけたロシア人女性の身代わりになって死んでいく漁師のヒラノ、そして、若いロシア娘アーニャと恋に落ちる青年カジ。

これらを演じるのは、「戦争を知らない世代」の日本とロシアの俳優たちです。シベリア抑留の手記を読み、抑留体験者や遺族の話を聞き、クラスノヤルスク地方で亡くなった日本人の埋葬地を実際に訪れ、それぞれが当時の痛みや思いを切実に感じとり、役作りに励んでいます。日本人抑留者の当時の思いを、生身の俳優が舞台上で実際に追体験し、観客に伝えていくこと、これこそが演劇(ドラマ)の唯一の使命ではないかと思います。

厚生労働省によると、終戦後旧満州、樺太、千島から旧ソ連地域に抑留されたものは約57万5千人、うち約55千人が帰らぬ人となりました。そのひとりひとりにそれぞれの人生や思いがありました。そして、約47万3人の方が引揚船で舞鶴などに帰国され、その後の日本復興に少なからず貢献されてきました。

今日、私たちが平和で便利に暮らせるのは、抑留者らの尽力のおかげであることを決して忘れてはなりません。戦争で命を失った方々、シベリアの大地に眠る方々、復員後様々な場で活躍されすでにこの世にいない方々へ追悼の意を込めて、また、極寒の地で厳しい抑留生活のなかでも人間としての尊厳を保ち続けた全ての諸先輩方へ、心から深い敬愛の意を表しつつ、本公演の成功に尽力していきます。

戦争や抑留を体験された方々が生存されている今だからこそ、その方々の思いを引き継ぎ、平和のために私たちは何ができるのか、「シベリアに桜咲くとき」日本公演を通して、観客の皆様と一緒に考えていければと念じております。

20113月吉日

日露SAKURAプロジェクト



   

Copyright(c)2011 Nichiro SAKURA Project

inserted by FC2 system